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現実の消費者被害から伝えたいこと -司法書士による消費者教育の実践-

■20年以上前から
【高校生法律講座】
 静岡県内の高校生のうち、特に3年生を対象に、契約とは何か、契約を締結するとどのような権利や義務が生じるのか、不当な契約を締結してしまったときにどのように対処したらよいかといったことを、司法書士が実際に受任したヤミ金事件やマルチ商法事件など、具体例を盛り込んだオリジナルのテキストを使用して講義している。

【実践の概況】
 ビフォーコロナにおいては、毎年10校前後の高校で実施していた。後述のとおり、我々の実践では、クラス単位で通常の授業と同じように実施することを重視しているため、派遣講師は毎年延べ40名前後であった。
 一方、アフターコロナにおいては、積極的に講師派遣することを控えている影響で、実施校数が2校に止まっている。
 アフターコロナであっても、リアル講義以外の方法であれば、実施校数を増やすこともできるだろう。しかし、我々は、この講義を通じて、直接的には法律の知識や最近のトラブル事例、その解決方法といったことを伝えつつ、併せて「社会の中で一人の大人として生きていくこと」「熟慮の重要性」などを生徒たちに伝えたい、と考えており、今のところリアル講義に勝る有効な手段が見出せていない。

■講師が生き生き
【脱線話の妙味】
 消費者被害にも流行がある。20年前であれば、いわゆるサラ金から高金利の借入を次々と繰り返してしまい、雪だるま式に増えてしまった借金を返せなくなった、そのような問題を題材にすることが多かった。その当時、世間は多重債務者に対して、「ずさんな人であり、その人自身に問題がある。」と捉える傾向が強かった。しかし、実際には、そうとも言い切れない、むしろ収入が少ない人に高金利で無制限にお金を貸したらどうなるのか、働いて得たお金のほとんどが利息を支払うために消えていくことについてどのように感じるか、そういったことを生徒に考えてもらっていた。
 また、最近であれば、マルチ商法を題材にして、単にその被害事例の紹介やリスク、クーリング・オフを伝えるだけにとどまらず、そもそもこのようなビジネスモデル自体に問題はないのか、ねずみ講はなぜ法律で禁止されているのか、といったことを生徒に考えてもらっている。
 ところで、こうしたテキストに沿った講義内容の合間に、講師を務める司法書士がそれぞれ実体験した事件を題材に、よくいえばテキストの補充をする、すなわち脱線することがある。テキストの内容ももちろん実際に起こった出来事ではあるが、この脱線の話こそ、各講師が臨場感をもって伝えられるものであり、生徒に伝わるものが多いように感じられる。実際、生徒のアンケートを見ても、幸か不幸か、テキストの内容より、脱線の話に対するコメントが圧倒的に多いのがその証左といえよう。

【講義はいつもクラス単位で】
 ところで、我々のような学校外の者が消費者教育の講師を務める場合、しばしば学校の体育館や講堂において、学年単位や学校単位の生徒を相手に講義する光景が見かけられる。学校によって事情があり、そのような形式で実施せざるを得ないこともあろう。しかし、我々は講演のプロではないし、仮にも教育、すなわち授業であるから、通常の授業と同じようにクラス単位での実施を受入高校にリクエストしている。また、そのような形で講義をするからこそ、不慣れな講師も次第に生き生きとし始め、生徒も脱線話に妙味を感じ始めるのではなかろうか。

■実践を通じて
【消費者教育によって消費者被害が防げるのか】
「喫茶店で契約したらそれは訪問販売だ」
「訪問販売ならば書面をもらうはずだ」
「書面には記載すべき法定事項がある」
「法定事項に不備があれば、それは法律が規定する書面たり得ない」
「書面の交付がなければ、契約してから数か月経っていてもクーリング・オフができる」
「だから、あきらめずに消費生活センターや法律家に相談しよう」

 司法書士による消費者教育では、現実に起こった被害事例を題材に、上述のような話をすることがある。
 ところで、こうした実践を20年以上にわたって継続してきて、ふと思うことは、「こうした教育を日本のすべての高校で実施したとして、はたして消費者被害の防止にどのぐらい寄与するであろうか。」「また、仮に防止という観点から目立った成果が認められなかったとしたら、『意味がないからやめよう』ということになるのだろうか。」ということである。
我々は、既述のとおり生の被害事例を題材にハウツーを要素とした講義をすることに、それを超えた価値を見出しているが、為政者や学校ははたしてどうであろうか。そうしたことをじっくり議論したい、そう願ってやまない。(静岡県司法書士会 副会長 小楠 展央)

(日本消費者教育学会40周年記念事業「消費者教育実践事例集」より)